九州で育った私にとって、冬の鍋に欠かせない存在といえば「春菊」でした。
子供の頃は、あの独特の苦味がどうにも苦手で避けていた記憶があります。
しかし、大人になるにつれ、あの香りがなければ冬の食卓は始まらないと感じるほどの大好物になりました。
今では鍋料理はもちろん、ツナと和えたサラダにするのも我が家の定番です。

名前が違うだけだと思っていた「菊菜」との出会い
そんな私が2025年12月に神戸へ移住し、初めての冬を迎えました。
スーパーの野菜売り場で、いつものように春菊を探しましたが、どこにもその名前が見当たりません…。
代わりにカゴいっぱいに並んでいたのが、「菊菜(きくな)」という名前の野菜でした。
「あれ?関西では呼び名が違うのかな?」と思い、深く考えずに購入して帰宅。
ところが、いざ料理をしようとまな板の上に乗せた瞬間、妙な違和感を覚えたのです。

九州で見てきた春菊とは、何かが違う。
でも、何が違ったのかははっきり思い出せない…。
九州の鍋の写真を見返してみるも、出来上がりの写真ばかりで肝心の違いについてはわかりませんでした。
それでも、「ぜったい、何かが違う!名前だけじゃない!」という違和感だけは拭えませんでした。
決定的な違いは「根っこ」の存在でした
気になってネットで調べた結果、その予感は的中!
なんと、九州のスーパーで売られている春菊は、茎の部分で切り取られた状態で袋詰めされていたのです。
九州の母に連絡を取り、春菊の写真を送ったところ判明しました。


なんか違うな…と思った違和感の正体は、根っこでした。
神戸の菊菜は、まるでほうれん草や小松菜のように、立派な「根っこ」がついた状態で売られていたのです。
調べてみると、関西では株ごと収穫する「株立ち」という種類が主流で、九州や関東では茎を摘み取る「摘み取り」という種類が主流なのだそうです。
日常に潜む、文化の境界線
この違いに気づいた時、ふとエスカレーターの立ち位置や、「マック」か「マクド」かという呼称の違いを思い出しました。
これらは単なる言葉の違いだけでなく、その土地に根付いた文化というか脈々と受け継がれてきた暗黙の了解のような独自のものだと感じました。
たかが、春菊。されど、春菊。
神戸に来てスペシャルな驚きを与えてくれました。
まとめ
九州の「春菊」と、神戸の「菊菜」。
同じ野菜だと思っていても、その姿かたちは土地の文化を反映して、驚くほど違っていました。
慣れ親しんだ味を追い求めるのも楽しいですが、新しい土地の「当たり前」を受け入れていくのも、移住の醍醐味ですね。
これからも、こうした日常の些細な違和感を楽しみながら、この街での暮らしを深めていきたいと思います。
もし、他にもこんな違いがありますよ!という情報があれば、ぜひ教えてください。



